通学電車で
もらった謎の
ラブレターとは?
俳優、エッセイスト、絵本作家、そして高志の国文学館の館長として多彩な活動を続ける室井滋さん。
生活にも、仕事にも電車は欠かせない存在だという。
シベリア鉄道での過酷な体験から、幼少期の思い出まで、鉄道にまつわるユニークなエピソードを語った。
富山地鉄のレトロ電車
すごく温かみがある。
今日の撮影は富山地鉄のレトロ電車でした。いかがでしたか?

レトロ電車は、本当に素敵ですよね。デザイナーは九州新幹線をはじめ数々の列車デザインで知られる水戸岡鋭治さんです。私も対談したことがあるのですが、現代の電車って人工的な素材ばかり使うでしょう。でも水戸岡さんは、木材や和紙といった自然の素材を使ったデザインを大切にしています。この富山のレトロ電車も床、ベンチ、テーブルに温かみのある木がたくさん使われていますね。運転士さんの背中の仕切りの壁の丸窓もかわいい。他ではなかなか見られない温かみがあります。こういう電車だと、すごく愛着が湧きます。

このレトロ電車、夏場の週末は〝ビア電〟として貸切運行します。ビール飲み放題で富山の街並みが車窓から楽しめる。

すごくいいですよね。私もいつか文学館のイベントをビア電でやりたいな。夏場だけじゃなくて、年間を通じて走らせたらいいのに。春はお花見列車にして、冬は熱燗とおでんを楽しめたらいいですね。貸し切りじゃなくてチケット制でもいいじゃないですか。私が観光客だったら、新幹線を降りたらすぐに飛び乗りますよ。

普段の移動は電車やバスを使うんですか?

乗りますよ。電車やバスの体験談を集めたら、本が1冊できるくらいありますね。基本的に普段の移動は自転車と電車です。かつての寝る暇もないくらい女優の仕事が忙しかった時期は、事務所の車で送迎してもらっていたんですけど、ある時期から自分で移動するようになりました。最初は慣れないから大変でしたが、今では遠方の仕事もほとんど1人で行くようになりました。マネージャーが一緒にいることもありますけど、むしろ私が切符や乗り換えの世話をしちゃうくらいです。どっちがマネージャーだか分かりません。

電車移動の良さは何ですか?

私、書く仕事もしているでしょう。〝女優様〟みたいな生活になっちゃうと、やっぱり世の中があんまり見えなくなる。だから、いろんな人と車内で出会える電車はいいですね。ネタの宝庫です。隣の席にどんな人が座るのかってちょっとした期待と不安があるでしょう? 何かアクシデントがあったら話しかけた方がいいのか、知らん顔をするべきなのか。そういうドキドキが昔は醍醐味でしたよね。

それで言うと山形新幹線での出来事が忘れられません。山形新幹線って車両の幅が狭いんです。ある日、私の隣に疲れた若いサラリーマンが座って、最初はひじ掛けの取り合い。向こうも意地っ張りだけど、私も負けていられません(笑)。

でも、車内販売でご飯が買えなかったんでしょうね、時々ため息つくわけです。お腹を空かせてつらいんですよ。気の毒になっちゃって、余っていたサンドイッチを「たくさん買いすぎたから、よかったら差し上げますよ」って言ったら、「え、いいんですか」ってもらってくれました。そこから、ひじ掛けは私のもの。降り際には「もしよかったら、お礼のお手紙を書かせてください。何かお返ししたいから、連絡先教えてもらえませんか」って言われたけど、「いえいえ、そんなのいいんですよ。元気で頑張ってね」って答えました。実はいい人だったんですね。

旅先の電車って知らない他人と長時間一緒にいるから、しゃべらなくても、その人がどんな人なのかが伝わってくることもある。昔はそれが楽しかった。でも、大人になって、今みたいな時代になると、隣に誰もいてほしくないと思うこともある。でも、寂しい。ないものねだりですかね。

通学電車でもらった
ラブレターの謎。
子どもの頃の電車の思い出は?

お休みの日は地鉄に乗って家族と富山大和に行くのが楽しみでした。母と一緒におしゃれして、普段食べる機会がない洋食やお子様ランチをレストランで食べました。一番のお目当ては屋上。遊園地があって、いろいろなアトラクションがあって、楽しかったなあ。

そもそも電車に乗ること自体がうれしい出来事じゃないですか。靴を脱いで窓に向かって座って、ずっと車窓の景色を見ていました。地鉄って上市駅で方向転換するでしょう。あれが子どもの頃は理解できなかった。進行方向が変わって戻っているように感じちゃう。だから「大和に行けない。家に帰っちゃう」ってパニックになるんです。それで、泣いたり、怒ったりしてるうちに眠ってしまう。そして気が付いたら富山に着いていて、大和の屋上で遊んでました(笑)。

高校時代は電車通学ですか?

そうです。私は魚津高校に通っていたのですが、別の学校の男子生徒から、友達を通じてラブレターをもらったことがあります。手紙には「いつもあなたと一緒の車両に乗っています。一度でいいから僕の方を向いて笑いかけてもらえませんか。それ以上は望まないから、僕を認識してほしい。僕を知ってもらいたい」って書いてあったんです。

あら。慎ましくてかわいらしいお願いですね。

でもね、手紙の続きがあるんです。「僕はいつもここにいますから、僕の特徴を教えます」って書いてあったんです。「僕はいつもカバンを持っていません。背は高い方です。いつも学生服のポケットに割りばしを一膳入れています。それが僕です。だから分かりやすいでしょう」って(笑)。教科書も持ってなければ、弁当も持ってない。割りばしだけ持ってどうすんだよって頭を抱えましたよ。誰かにお弁当分けてもらったりとか、けんかする時の武器なのかなって。怖い人なのかと、すごく妄想が膨らんじゃった。それからはその車両に乗らないようにしました(笑)。大学の上京も一番安い夜行列車でしょう。やっぱり人生の節目節目には電車があって、思い出があるんです。

「電波少年」で乗った
シベリア鉄道は大きな財産。
芸能生活における思い出深い鉄道体験はありますか?

90年代の「電波少年」シリーズで、今のテレビでは考えられないような経験をいくつもしています。鉄道での関連で言うと、あるバンドをロシアで探すという無茶振りの企画ですね。覚えていらっしゃる方も多いけど、あの番組って本当に突然タレントに指示が来るんですよ。私も何も聞かされてなかった。事務所から「そのうち長旅に出るから、誰かからお金借りたりとかしてないよね。しばらく帰れないから」って言われていて、不思議に思っていたら突然ロシアに連れて行かれるんです。

オムスクからシベリア鉄道に乗りました。当然ロシア語なんて分からないでしょう。だから少しでも英語の分かる人を探して、ロシア語を電車の中で少し教えてもらいました。「今何時ですか」とか「お腹が空いています」とか。そういう簡単な言葉を、英語を介して教えてもらいました。その発音をカタカナでメモ帳に再現して、マイ辞書を作ったんです。そんな付け焼き刃のロシア語で何とかバンドを探し出しました。

貧乏旅行なので食事もまともに食べられない。一番安いインスタントラーメンだけ食べて空腹を満たしました。箸がないので鉛筆と歯ブラシを使うんです(笑)。でも、すごくおいしかったし、本当に生きているなあって感じがしました。列車は石炭で動いており、お湯はたっぷり湧いていましたから。

何もかも整った旅行って快適だけれど、ホテルや列車の中でも出会う人が限られている。私、『電波少年』に出て本当に良かったって思っています。一銭も持ってなかったからこそ、いろんな人と触れ合うことができた。あの経験は私にとって大きな財産になっています。

占い電車とか、アイデア次第で
電車はもっと魅力的になる。
地方の公共交通が抱える問題についてどのようにお考えですか?

人口減少で担い手不足になったり、利用者減で存続自体が危ぶまれていたりしますね。鉄道はまちづくりと深く結び付いています。大切な場所をつなぐ電車やバスの役割が大きく問われる時代になったと思います。

コンパクトシティの富山市は先進的だと思います。私も西町でお酒を飲んだ帰りに市電で駅前のホテルまで帰ったりしますが、とても気持ちがいい。実は結構すぐ来るんですよね。本当に便利。富山に住むなら市電の駅の近くにしようって思います。

公共交通を維持するには、たくさんの人に乗ってもらわないといけませんね。

いろんなイベント列車を企画したらいいんですよ。同窓会列車とかね。 人とか 人だったら、ちょうどいいじゃないですか。その時流行った曲をかけて、タイムスリップするような。絶対盛り上がると思います。

あと占い列車。乗車券の裏に「大吉」と書いてあるだけでも面白いし、車両に「今日乗った射手座のラッキーカラーは青色」って貼ってあってもいい。お金をかけなくてもできることってたくさんあると思いますよ。占い電車、ビール電車、お菓子電車……。とにかくキャラ付けしたらいいんじゃないかな。

室井さんは高志の国文学館の館長です。電車やバスなどの公共交通をテーマにした企画展もできそうですね。

面白いと思いますよ。大きな日本地図を作って、学芸員みんなで鉄道やバスが出てくる文学作品を書き込んで、その土地のおいしい駅弁情報も入れるってどうですか。鉄道が舞台の作品って結構あるんですよね。江戸川乱歩の『押絵と旅する男』は夜汽車の中で物語が進みます。魚津の蜃気楼も登場するんですよ。それと段ボールで電車を作って、その中で鉄道関連の文学を読めるようにするのもいいですね。子どもも楽しめます。

室井さんと鉄道というと、黒部峡谷トロッコ電車のアナウンスを担当されていますね。

自分でも分かりやすいナレーションだと自画自賛しています。東京のいろんなタレントさんがプライベートで乗って、「あれ、これ室井の声じゃない?」って言ってもらっているようです。

自分でも毎年乗るんですよ。春夏秋冬、四季折々に乗ってみたくなる。本当に見事に毎回印象が違うんです。植物の様子はいつも違うし、冬になれば水墨画みたいな枯山水の世界。いつ乗っても新鮮です。

最後に、電車への思いを。

電車って、人と人をつなぐ不思議な力があると思うんです。子どもの頃の楽しい思い出も、大人になってからの出会いも電車が運んでくれた。アイデア次第で、電車はもっと魅力的になる可能性があります。富山の電車がこれからも愛され続けてほしいですね。