プロのカメラマンに撮影していただきながら、私たちも電車の写真を撮るという、なんだか不思議な体験でしたね。
僕は普段撮る側なので、逆に撮られる立場というのは新鮮でした。撮る側であり、同時に撮られる側でもある―そんな構図が面白かったです。
いつもは風景の中を走る電車やバスを撮ることが多いです。だから今日のように一般の人が立ち入ることができない車庫の中にある電車には、独特の雰囲気を感じました。動いていない時の静けさが良かったなあ。
そうですね。電車って不思議なことに無機質なものだとは思えないんですよね。今日みたいに車庫に収まっている電車を見てると、巣の中で休んでいる生き物みたいでいとおしく見えました。
私がどう撮ろうかと考えていたら、イナガキさんが「あ、あそこにインテックビルが見える」っておっしゃってシャッターを切っている。私は全く建物を気にしていなかった。やっぱり見るところが違うんだなって思いました。
僕も室井さんが撮影する様子を見ていたら「あ、それをそこから撮るんだ」ってすごく新鮮でした。同じものを見ても、人によって全然違うものが見えている。それがカメラの面白さだと思うんです。写真という形で「この人はこう見ていた」っていうのが分かる。
僕はガチガチの撮り鉄ではないので、電車単体を撮ることはあまりないのですが、電車とその周りのものをどう撮影するかが大切だと思います。電車がどこを走っていて、どんな人たちの暮らしと一緒にあるのか。電車と一緒に写り込む植物や建物で表現できたらいいなと思っています。
電鉄富山駅から立山駅に向かう途中にある大きな鉄橋ですね。四季それぞれの魅力があって、特に雪が降ってる時が好きです。立山連峰をバックにした電車の風景なんて、富山ならではの魅力だと思います。
富山は鉄軌道王国と言われるけど、線路を走る公共交通が本当に多様です。いろいろな方向に走ってて、それぞれ違った風景が楽しめる。LRTもあれば、レトロ電車もある。もちろん新幹線も。それらがいろんな風景とマッチするのが魅力ですね。
富山市内中心部を走る環状線もあるし、本当に乗り物天国ですよ。市電は本当に便利。ちょっと待ったらすぐに来ますからね。まちなかでお酒を飲んでいるから、どれだけお世話になっているか。ギリギリまで飲んで、電車が来そうなタイミングで「じゃあね」って言って走って乗ります(笑)。
新幹線移動は好きですよ。心の整理ができるんです。電車の中で考える時間って、自分にとってすごく貴重ですね。東京と富山では仕事の内容が違うので、移動中に少しずつ心構えが変わっていくような気がします。富山にいるときは文学館の館長として、東京にいるときは俳優として、その間の新幹線の中で気持ちを切り替える。そんな感じでしょうか。車だと運転に集中しなきゃいけないけど、電車だと本当にゆっくり考えられる。窓の外を眺めながら、あれこれ思いを巡らせる時間って贅沢ですよね。
たまに旅行や出張をして帰ってくると改めて富山っていいところだなと思います。カメラマンとして、住んでいること自体が強いアドバンテージですね。その土地の光の具合とか、季節ごとの変化とか、知り尽くしているからこそ撮れる写真があると思うんです。どこにいい撮影スポットがあるかも分かりますし、天候の変化も読めるので、「今日はあそこに行けばいい写真が撮れそう」っていう勘みたいなものも働きます。
イナガキさんの写真を拝見していると、ちょっと演劇的な感じがするんです。例えば雪の感じが、絵に描いたみたいな雰囲気だったり、月の表情がまるで違って見えたり。風景は風景なんだけど、そこに何かプラスアルファがある。電車も未来から来た存在のように写っている。人間のように何かを考えているようにも見えます。
ありがとうございます。僕、実は写真の勉強はほとんどしてきていないんです。写真展に行ったり、写真集を買ったりもあまりしていません。もしかしたらそれが僕らしさになってるのかもしれません。いいものを見すぎると、そっちに寄せようと思っちゃうかもしれない。今は自分の感性を大切にしてます。
電車の思い出はたくさんありますよ。「あのとき、この人と電車であんなことがあったなあ」って、エッセイのネタに困らないんです。山手線に乗れば何かしら書くことが出てくる。電車の中って変わった人だらけだから(笑)。東京で仕事してると電車に乗ることが多いので、車内の観察は職業病みたいなものですね。書くことに困ったら電車に乗る、みたいな。新幹線の中の話も最近多くなってますし。
僕は1年前の新幹線での出来事が印象的です。隣の席の人がアイスコーヒーをこぼして、買ったばかりの僕のスニーカーが台無しになったんです。最初は「弁償する」って言ってくれたんですが、値段を伝えたら「僕じゃなくて外国人がこぼした」なんて言い出して…。隣の方がドリンクホルダーを使わず大きなコーヒーをテーブルに置いて新聞を読んでいたので、嫌な予感はしていたんですよね (笑)。
ひどい話ね(笑)。でも、そういうのも含めて公共交通って面白いですよね。
そうなんです。私、すごくアナログ人間だから、どこかに行くときは必ず自分で調べるんです。事務所がパソコンやスマホで調べてくれるけど、どうも信じられなくて。私のマネージャーなんて、東京から宇奈月に来るのに10時間もかかったんです。スマホで調べたらおかしなルートで来ちゃったんですって。住所だけを入れて、結果だけを求めるからそうなるんですよ。
僕もマネージャーさんと一緒。スマホ頼りで時刻表の見方、よく分からないんですよ。
時刻表や地図は楽しいんですよ。想像力が鍛えられます。スマホで検索して終わりってもったいないですよ。そんなふうにプロセスを飛ばして結果だけ求めると、時間と距離の感覚も分からなくなる。それって大切なチャンスを逃していると思うんです。時刻表を見れば、この駅とこの駅の間がどのくらいの時間なのか、距離感も分かる。
私たちみたいに原稿を書く人間は、そこを省略しちゃダメなんです。時刻表をめくって探しているときに、変な広告を見かけたりとか、そういう過程がとても大切。脳がそれを記憶してるから、そういうものに触れることをなくしちゃダメなんです。電話帳も同じ。ページをめくっているときに、へんてこな名前を見かけたりとか。たどり着くまでの過程が大切なんです。電車ってそういう豊かさの最後のとりでじゃないですか。
いろいろな使われ方をされるのが電車ですよね。通勤や通学で生活に必要不可欠な人もいれば、休日の旅行で乗る人もいる。人口が日本全国で減っているし、富山は車社会だけれど、電車がなくなるとみんなが困る。だから1人でも多くの人が利用することが大切です。僕のできることで言えば、車窓から見える風景の魅力を写真で伝えることですね。車で見るのとも歩いて見るのとも違う、電車ならではの風景がありますから。
私は「電車やバスを丁寧に乗ること」が大事だと思うんです。いつもの景色でも、毎日変化があるはずです。みんな、すぐにスマホを見ちゃうじゃないですか。もったいないですよ。窓の外や車内で面白い光景があるかもしれないのに。私はすごい食いしん坊だから同じお店の看板を何度も見てると覚えちゃって、結局そのお店に入ったりするんですよ。
確かに目的や結果だけじゃなくて、プロセスを楽しむことは大切ですね。写真を撮る時って狙った通りにいかないことも多いんですが、逆に想像してたより良い写真が撮れることもあって、それが一番うれしい瞬間です。電車に丁寧に乗ると、思いがけない瞬間に出合えるかもしれない。
イナガキさんは車窓から撮影するだけじゃなくて、電車の中で写真展をやってもいいんじゃないですか?
あ、楽しそうですね。